送料無料 ちん里う本店

老舗の梅干専門店 ちん里う本店・焼菓子屋CHINRIU

ちん里う本店 梅干の樽

弊店始祖門弥は嘉永年間、茶人としても知られた、

時の小田原藩主大久保忠禮公の料理人頭、

御台所目付兼帯として仕え、御用の傍ら、

将軍家への献上品、あるいは参勤交代で小田原を通る

諸国大名の接待に風雅好尚の品を吟味する光栄にあずかりました。

 

明治維新により御暇を頂き、その料理の腕を活かして、

明治4年料亭を創業することとなりました。その庭は細部に趣向をこらした造りで、

高床式の座敷の下に小川が流れる仕組みになっていました。

開業にあたり大久保侯より「座敷で横になると、あたかも流れに枕するかのようだ」

との御言葉をいただき、屋号「枕流亭(ちんりゅうてい)」を賜りました。

小田原藩主大久保侯より命名頂きました屋号の「枕流」は晋書によりましたもので

以下のように記されております。

「孫楚、字は子荊、才藻卓絶。少時隠居せんことを欲し、王済に謂って曰く、

当に石に枕し流に漱がんと欲すとすべきを誤って、石に漱ぎ流れに枕せんと言えり。

済曰く、流れは枕すべきに非ず、石は漱ぐべきに非ずと。

楚曰く、流れに枕する所以は、その耳を流はんと欲するなり。

石に漱ぐ所以は、其の歯を礪かんと欲するなり。」

ちなみに作家夏目漱石の「漱石」の号もこれによったものだそうです。

 

ちん里う本店 看板
明治4年創業 東海道 ちん里う本店 

小田原の海の幸・山の幸をつかった料理が評判をよび、

とくに御好評いただいた漬物や菓子の販売を始めるにいたりました。

その後、漬物製造および販売業を主とすることとし、屋号も読みやすく

「ちん里う本店(ちんりうほんてん)」と改めました。